会社のそばまで行った。
車で遊び感覚で通り過ぎるとかではなく、しっかりスーツを着て、会社用の荷物を持って、いつもの通勤経路で行ってみた。
誰かに会うでもなく、顔を出すでもなく、ただ交差点のはす向かいから職場の様子を見てとんぼ返り。ただそれだけだ。
家を出た時点でちょっと吐き気がした。でもきっと慣れない服装や締め付けでそうなってるだけだろう。
最寄り駅から職場までのバスに乗る時点で少し鼓動が早くなった。誰かに姿を見られないか、という緊張だろう。
職場まであと数個というバス停の時点から緊張が高まった。…きっと誰かに会うまでにさっさと離脱できるか、というミッションクリアへの緊張だろう。
バスを降りる。職場の姿を見る。休職に入る前までほどの倦怠感や嫌悪感は無いものの、やけに心臓の鼓動が早い。誰かに見られる前にさっさと離れよう。
通勤経路とは違う経路で帰った。
帰る途中、しばらく心臓はドキドキしたままだったし、周りには通勤や営業だろうか、スーツ姿でいかにも仕事をしている社会人達に囲まれると「自分は何やってるんだろう」という失望感やこれから自分がどうなるかわからない恐怖感などの様々な負の感情が押し寄せてきて、なんとも言えないマイナスな気分になった。
傲慢にも「お前らはこれから仕事だけど俺はもう家に帰って遊ぶだけだぜ!」なんてマウンティングを取るぐらいの元気を持ちたかったが、そんな気持ちにならなかった。
しばらくプラプラして家に帰る。
家に帰って、ふと携帯を見ると嫌な通知が来ている。職場からの不在着信だ。ご丁寧に留守番電話も残っていた。
そしてここに文をしたためる現在。
今は、今日一番で心臓がドキドキを越えてバクバクしている。
いったい何の用の電話だったんだろう、留守電には何が残されているのだろう、そもそも誰からの電話だろう。
そういえば休職に入るときに時々連絡頂戴なんて話をしていた。その連絡を一切していなかったからその件だろうか。これから先のシフト組むけどお前来月どうするの?なんて話だろうか、それともまた何かやらかした件が今になって掘り返されてきたのか…。
素直に電話に出ておけば予測なんて立ててる間もなく回避不可能なイベントになったからよかったのに、気付いたのはちょうど着信が切れたタイミング。あと数秒早ければ…。
いや、ウダウダ言ってないでとりあえず留守電だけでも聞けば?と思われるだろうが、その留守電を聞くのがけっこう怖いのだ。何が吹き込まれてるか、誰が電話してきたのか、自分にとっての良い内容か悪い内容か、折り返しの連絡は必要だろうけど、悪い内容の電話だったら折り返すのは気分が重い。パンドラの箱というのはこういうものだろう。スケールはだいぶ小さいが。開けるまで何が飛び出すかわからない、ならいっそ開けたくない。
中身を知らないまま、できればこのまま聞かずに放置したいと思ってしまうのだ。
でもだからって本当に放置するわけにいかない。
とりあえず内容だけ聞こう、そして落ち着いたタイミングで折り返しを入れよう。
大丈夫、ただの近況確認の電話に過ぎないはずさ。